乾貴士、清水エスパルス退団。オレンジの「33番」の物語を振り返る
2025年12月2日、清水エスパルスはMF乾貴士選手(背番号33)との契約満了を発表しました。
Jリーグ公式サイトでも同日、「MF乾とMF矢島が契約満了」としてニュースが掲載されており、2022年途中加入から3年半にわたるエスパルスでの挑戦はいったんの区切りを迎えます。
本記事では、野洲高校時代の「セクシーフットボール」からドイツ・スペインでの海外挑戦、そして清水エスパルスでの3年半まで、乾貴士という選手のキャリアと人柄を、エスパルスサポーター目線であらためて整理していきます。
基本プロフィール
| 名前 | 乾 貴士(いぬい たかし) |
|---|---|
| 生年月日 | 1988年6月2日(滋賀県出身) |
| 身長/体重 | 169cm/63kg |
| 利き足 | 右足 |
| 主なポジション | トップ下、左ウイング(攻撃的MF全般) |
| 背番号(清水) | 33番 |
| 経歴(プロ入り後) | 横浜F・マリノス → セレッソ大阪 → VfLボーフム(ドイツ) → アイントラハト・フランクフルト(ドイツ) → SDエイバル(スペイン) → レアル・ベティス(スペイン) → デポルティーボ・アラベス(スペイン) → SDエイバル(スペイン) → セレッソ大阪 → 清水エスパルス |
| 代表歴 | U-18/U-21日本代表、日本代表(国際Aマッチ36試合6得点と伝えられている) |
| 主な国際大会 | FIFAコンフェデレーションズカップ2013、FIFAワールドカップ2018ロシア大会 など |
高校時代は滋賀・野洲高校の左ウイングとして、2005年度の全国高校サッカー選手権優勝メンバー。
「セクシーフットボール」と呼ばれた攻撃的なスタイルの中心選手の一人として、日本中の高校サッカーファンに強烈な印象を残しました。
クラブ経歴・主な成績(リーグ戦)
乾選手のクラブキャリアを、リーグ戦の出場数と得点を中心に整理します。数値は各国リーグ公式データやクラブ公式、主要な統計サイトの情報をもとにした概算であり、リーグ戦のみを対象としています。
| 所属期間 | クラブ | リーグ | 出場(リーグ戦) | 得点(リーグ戦) |
|---|---|---|---|---|
| 2007〜2008 | 横浜F・マリノス | J1 | 7 | 0 |
| 2008〜2011 | セレッソ大阪 | J2 → J1 | 114 | 35 |
| 2011〜2012 | VfLボーフム | ドイツ2部 | 30 | 7 |
| 2012〜2015 | アイントラハト・フランクフルト | ドイツ1部 | 75 | 7 |
| 2015〜2018 | SDエイバル | スペイン1部 | 89 | 11 |
| 2018〜2019 | レアル・ベティス | スペイン1部 | 8 | 0 |
| 2019(期限付き) | デポルティーボ・アラベス | スペイン1部 | 12 | 2 |
| 2019〜2021 | SDエイバル | スペイン1部 | 57 | 3 |
| 2021〜2022 | セレッソ大阪 | J1 | 13 | 4 |
| 2022〜2025 | 清水エスパルス | J2 → J1 | 109※ | 19※ |
※清水エスパルスでのリーグ戦出場・得点は、2022〜2025シーズンのJリーグ公式データおよびクラブ公式リリースに基づく集計です(J1:47試合4得点、J2:62試合15得点)。
海外ではドイツ・ブンデスリーガ(1部・2部合算)で75試合7得点、スペイン・ラ・リーガで通算166試合16得点と伝えられており、アジア人選手として長く欧州トップリーグの舞台に立ち続けました。
プレースタイル・特徴
トップ下/左ウイングとしての役割
乾選手の最大の特徴は、狭いエリアでもボールを受けて前を向けるテクニックと、相手の重心をずらすドリブル能力です。
トップ下では最終ラインと中盤の間でボールを受け、ターンからの前進やラストパスでチャンスを作る役割。
左ウイングでは、タッチライン際から内側へカットインしながら、シュートとスルーパスの“二択”で相手DFを揺さぶります。
細かいタッチと重心移動で勝負するドリブラー
スピードよりも「細かいタッチ」と「身体の向き・重心移動」で相手を外すタイプで、かつて野洲高校時代から「ドリブルの名手」として知られてきました。
海外でも「相手の懐に入り込んでボールを失わない日本人アタッカー」として評価され、ラ・リーガでは強豪相手に何度も違いを見せています。
プレーメーカーとしての視野とラストパス
エスパルス加入後は、自ら仕掛けるだけでなく周囲を生かすプレーもより際立ちました。
ボールを受ける位置を一段下げてビルドアップに絡んだり、サイドチェンジで攻撃のスイッチを入れたりと、チーム全体のリズムを作る役割も担うようになります。
J2時代には得点と同じくらいアシスト面での貢献も大きく、「点も取れる10番タイプのトップ下」として機能しました。
守備面と課題
ボールを失った後の即時奪回や、前線からのプレッシングにも積極的に関わるタイプですが、年齢とともに走力でカバーする守備よりも、ポジショニングやコースの切り方で貢献する比重が増えました。
一方で、長いシーズンを通して高い強度を維持するのは難しくなっており、コンディションが万全でない時期には「ボール非保持時の負荷」をどう分担するかがチームとしての課題にもなっていました。
印象的なエピソード・ハイライト
① 野洲高校「セクシーフットボール」で全国制覇
2005年度の全国高校サッカー選手権で、野洲高校は華麗なパスワークとドリブルを融合させた攻撃サッカーで優勝。
「セクシーフットボール」と呼ばれたチームの中で、乾選手は2年生ながら左サイドのキーマンとして活躍し、決勝の鹿児島実業戦でも果敢な仕掛けで相手守備陣を翻弄しました。
この経験が、その後の「見ていて楽しいサッカー」にこだわるスタイルの原点だと語られています。
② カンプ・ノウでバルセロナから2ゴール
スペイン・エイバル時代の2016-17シーズン、カンプ・ノウで行われたバルセロナ戦で乾選手は2得点を挙げ、世界中の注目を集めました。
強豪バルサ相手に堂々とボールを受け、迷いのないシュートでネットを揺らした姿は、日本人アタッカーの新たな可能性を示した象徴的な一戦として語り継がれています。
③ ロシアW杯での2発 ― セネガル戦・ベルギー戦
2018年ロシアW杯では、日本代表の左サイドハーフとして全4試合に出場。
グループステージのセネガル戦では華麗なコントロールから同点弾を決め、決勝トーナメントのベルギー戦でもカットインから右足のコントロールショットでゴール。
世界の舞台で“乾らしい”一撃を決め、日本のサッカーファンに強烈な記憶を残しました。
④ 清水エスパルスでの躍動 ― J2からのJ1復帰とJ1再挑戦
2022年7月に清水エスパルスへ加入すると、降格争いのさなかで攻撃の軸として奮闘。
チームは残留こそ叶わずJ2に降格しましたが、2023シーズンのJ2では32試合10得点を記録し、各種データではアシストも二桁に達したと紹介されています。
攻撃の中心として数多くのチャンスを演出し、J2ベストイレブンにも選出されました。
2024シーズンもJ2で5得点に加え多数のアシストを記録し、J1復帰に向けて攻撃陣を牽引。
J1に戻った2025シーズンは37試合3得点と数字こそ派手ではないものの、ビルドアップからフィニッシュまで攻撃の起点としてプレーし続けました。
人物像・メンタリティ
「泣きながら練習に行った」少年時代と、揺るがないサッカー愛
滋賀のクラブチーム・セゾンFC時代は、非常に厳しい指導のもとで何度も「辞めたい」と思いながらも、親や指導者に支えられてサッカーを続けてきたとインタビューで語っています。
中学生の頃には「泣きながら練習に行った」こともあった一方で、憧れの先輩たちと一緒にボールを蹴る楽しさが原動力になり、最終的には自らの意思で野洲高校を選びました。
底抜けに明るい「サッカー小僧」
清水加入後、チームメイトが「底抜けに明るい」「根っからのサッカー小僧」と表現するほど、そのキャラクターはロッカールームのムードメーカー的存在でした。
練習後も若手選手とリフティングやミニゲームを続ける姿がたびたび報じられ、キャリアの長いベテランでありながら誰に対してもフラットに接することで、チーム内のコミュニケーションを活性化させていたとされています。
サポーターとの距離感の近さ
三保でのファンサービスやSNSを通じて、サポーターと積極的に交流してきたのも乾選手の特徴です。
アウェーのスタジアムでもオレンジのゴール裏が埋まった試合後に「アウェーやのに、あの応援は最高やった」と感謝を口にしたり、かつて練習参加でお世話になったクラブに対しても丁寧にメッセージを送るなど、相手へのリスペクトを忘れないコメントが印象的でした。
清水エスパルスでどんな存在だったのか
① 降格争いの中での加入と「戦術・乾」
2022年夏、チームが残留争いの渦中にあるタイミングで加入した乾選手は、すぐに攻撃の中心としてプレーし始めました。
ボールを足元に収めて時間を作れる選手が加わったことで、エスパルスの攻撃は明らかに落ち着きを取り戻し、ファンの間では「戦術・乾」と呼ばれるほど、攻撃の多くが彼を起点として組み立てられるようになりました。
② J2での絶対的な攻撃の軸
J2に降格した2023シーズン、乾選手はトップ下や左サイドを自由に動きながら、ボールを受けて前を向き続ける存在としてチームの攻撃を牽引しました。
10得点に加え多くのアシストを記録し、J2ベストイレブンにも選出。
プレーだけでなく、試合中に味方へ積極的に声をかける姿勢も含めて、実質的なリーダーの一人としてピッチを支配していました。
2024シーズンも、清水がJ1復帰を目指す中で攻撃面の要として君臨。
ゴール前での決定力に加え、相手のプレッシャーが強い場面でボールを失わずにキープし、試合を落ち着かせる役割でもチームを支えました。
③ J1再挑戦の2025シーズンとベテランとしての役割
J1復帰を果たした2025シーズンは、37試合に出場して3得点。
数字だけを見れば全盛期ほどのインパクトではないものの、ボールタッチ数やチャンスへの関与度では依然としてチームの中心であり、若手アタッカーの背中を押す存在としても機能していました。
かつて所属した横浜F・マリノスとの対戦に向け、「プロキャリアのスタートは地獄のように何も通用しなかった」と語りつつも、J1の強度を心から楽しんでいる様子が印象的でした。
④ 退団がチームにもたらすもの
クラブ公式発表によれば、2025シーズン限りでの契約満了という形でエスパルスを離れる乾選手。
攻撃の多くを彼の創造性に委ねてきた側面があるだけに、チームとしては「ポスト乾」の戦い方を模索するフェーズに入ります。
一方で、3年半にわたりJ2の厳しい戦いからJ1復帰、そしてJ1残留争いまでをともに戦った経験は、若い選手たちにとって大きな財産となるはずです。
サポーターにとっても、加入当初は賛否両論があったものの、最終的には「エスパルスの33番といえば乾貴士」と言いたくなるほど特別な存在になりました。
退団のニュースに多くのファンが寂しさを口にする一方で、「またアイスタに戻ってきてほしい」という声も少なくありません。
まとめ ― オレンジの「情熱トリックスター」、次のステージへ
野洲高校のセクシーフットボールから、ドイツ・スペインでの長い海外生活、日本代表としてのW杯でのゴール、そして清水エスパルスでの3年半。
乾貴士という選手を一言で表すなら、「情熱と遊び心をまとったトリックスター」と言えるのではないでしょうか。
ボールを持てばスタジアムがどよめき、アイスタのオレンジ色のスタンドを何度も沸かせてくれた33番。
清水エスパルスサポーターとしては、まずはこれまでのプレーと数々の感情をくれたことに心からの感謝を伝えたいと思います。
次のステージがどこになるのか、あるいはどんな形のキャリアを歩むのかはまだ明らかではありません。
それでも、どこでプレーしても「乾らしい」ひらめきと笑顔で、サッカーを楽しみ続けてくれることを願わずにはいられません。


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